元気に暮らしているなら、それでいい? ―― それでも「調べる理由」とは

  • 2026.01.05

こんにちは。渡辺です。

診察の場で、私はよくこんな言葉に出会います。
「もう高齢ですし、ふだんの生活では特に困っていません」
「それなりに、機嫌よく暮らしています。それでいいのではないでしょうか」
私は、この考え方はとても自然で、大切なものだと思っています。そこには、ご本人やご家族が、今の暮らしを大切にしてきた実感があります。医療の側が、そうした価値観を軽んじてよい理由はありません。実際、現在の弁膜症の診療ガイドラインでも、症状のない方に外科的治療を一律に勧めることはしていません。治療の目的は、検査の数値を良くすることではなく、その人らしい生活を全うできるよう支えることにあります。


今は元気
ですから、「今は元気だから、治療はしない」という選択は、評価を踏まえたうえであれば、医学的にも間違いではありません。ただ一方で、弁膜症の診療を続けていると、「ひょいと重症になってしまう」ケースがあることも事実です。そして、そのときにどう判断するかが問われます。ここで関係してくるのが、「高齢」という言葉の中身です。

高齢かどうか
医療の現場では、「高齢かどうか」を生年月日から計算した「年齢」だけで判断することはありません。代わりに重視されるのが、実際の体の状態や生活の力です。これを専門的には「生物学的高齢」や「機能的高齢」と呼びますが、難しく考える必要はありません。

活動性はあるか
たとえば、普段どのくらい自分で動けているか、歩く速さや体力はどうか、身の回りのことをどの程度こなせているか。認知機能や、心臓以外の持病の状態も含めて、その人がどんな生活を送れているかを総合的に見立てます。同じ80歳でも、元気に外出している方と、日常生活に介助が必要な方とでは、医療の考え方は大きく変わります。

全体的みきわめ
弁膜症の診療では、心臓の弁そのものだけでなく、心臓の大きさや動きもあわせて評価します。心エコー検査で、弁の動きや心臓への負担を確認するのは、「今すぐ治療が必要か」を決めるためだけではありません。多くの場合、「今は治療をしなくてよい状態かどうか」を確認するための検査でもあります。

評価と治療の違い
ここで大切なのは、「評価」と「治療」を混同しないことです。心エコーを受けたからといって、必ず治療を勧められるわけではありません。むしろ、「今は治療をしなくてよい」「この状態なら、こういう間隔で様子を見ればよい」と確認するためのものです。特に高齢の方では、「何もしないで穏やかに過ごす」という選択が、尊重されるべき場面も多くあります。

検査の理由
そのためにも、本当に何もしなくてよい状態なのかを、一度きちんと見ておくことには意味があります。どこかに悪化の伏線が潜んでいないかを、医学的に確認しておくことが大切なのです。
つまり、弁膜症の診療で私が大切にしているのは、治療を勧めることではありません。
今の暮らしを守るために、医学的に見て「今は何をしなくてよいのか」を、一緒に確認することでもあるのです。

文責 東京心臓血管・内科クリニック 南行徳本院 循環器内科 渡辺弘之

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