【弁膜症シリーズ5】症状がなくても、心臓は正直―― 弁膜症と「体の慣れ」
- 2026.05.19
目次
こんにちは。渡辺弘之です。
「大丈夫です」という言葉の、もう一つの意味
診察室で「大丈夫です、特に困っていません」と言われるとき、私はその言葉をそのまま安心材料として受け取らないようにしています。疑っているわけではありません。弁膜症の診療を長く続けてきた経験から、「大丈夫」という言葉と、心臓の状態が一致しない場面を何度も見てきたからです。
弁膜症では、弁の異常がかなり進んでいても、自覚症状がほとんど出ない方がいます。「特に息切れもなく、生活や仕事は普通にできています」とおっしゃる方の心エコーを見て、想像以上に心臓が負担を抱えていたことが分かる。そうした場面は、決して珍しいことではありません。
心臓はなぜ我慢できてしまうのか
心臓はとても適応力の高い臓器です。弁の機能に問題が生じても、しばらくのあいだは心臓自身が補おうとします。筋肉を厚くしたり、部屋を広げたりしながら、負担を吸収し続けます。
この「補い」のおかげで、弁膜症の初軽度から中等度、時には高度でも日常生活に大きな支障が出ないことがあります。ご自分では、すべては正常に動いているように感じられます。しかしその裏では、心臓は静かに、しかし確実に無理を重ねています。
「元気に見える」ことと「心臓が問題ない」ことは、弁膜症においては同じではありません。ここが、この病気でもっとも誤解されやすい点です。
体が慣れるということ
もう一つ、重要なことがあります。それは、変化がゆっくりである場合、人はその変化に気づきにくいという点です。

以前より息切れしやすくなった、疲れが抜けにくくなった、階段がきつくなった。こうした変化が数か月、数年をかけてゆっくり進むとき、多くの方は「年のせいかな」と感じます。体がその状態に慣れてしまうのです。
診察で「最近、息切れはありますか」と聞くと「特にないです」とおっしゃる方でも、「以前と比べて、同じ距離を歩くのにどうですか」と聞き方を変えると、「そういえば、少し休むようになりました」と話してくださることがあります。慣れてしまうと、変化は変化として認識されなくなります。
症状と重症度は、一致しないことがある
弁膜症の診療で基本となる考え方の一つに、症状の有無と病気の重症度は必ずしも一致しない、という事実があります。これは国内外のガイドラインでも繰り返し示されている点です。
重症の弁膜症でも無症状のまま経過することがあり、逆に症状が出たときには心臓の機能がすでに低下していた、というケースもあります。そして症状が出てから治療を行っても、心機能が十分に回復しないことがある。これが、「症状が出てから考えればいい」という考え方が必ずしも通用しない理由です。
誤解してほしくないのは、これは「すぐに治療が必要だ」という話ではないということです。大切なのは、症状だけを判断の根拠にしない、という姿勢です。
では、何を手がかりにするのか
症状が当てにならないなら、何を見るのか。答えは、心エコー検査です。
心エコーでは、弁の状態だけでなく、心臓の大きさや動き、かかっている圧の変化を確認できます。症状という「本人の感覚」ではなく、心臓が実際にどんな状態にあるかを、客観的に見ることができます。
さらに重要なのは、一度の検査ではなく、時間をかけて変化を追うことです。前回と比べて心臓は大きくなっていないか、動きに変化はないか。その流れを見ることで、今は様子を見てよいのか、そろそろ次のことを考える段階なのかが見えてきます。
高齢未満の方へ――元気な今が、一番大事な時期です
働き盛りで活動的な方ほど、「これくらい大丈夫」と感じやすい傾向があります。体力で補えてしまうからです。しかしその分、心臓の変化が見えにくくなります。
この世代にとって大切なのは、元気な今の状態を記録しておくことです。今の心機能がしっかり保たれているうちに評価をしておくことで、将来の判断の基準ができます。何か変化があったときに、「前回と比べてどうか」を確認できる。その積み重ねが、治療のタイミングを誤らないための土台になります。
高齢の方へ――穏やかに暮らすために、知っておくこと
高齢の方に「症状がなくても検査を」とお伝えすると、「そこまでしなくても」とおっしゃることがあります。その気持ちはよく分かります。
ただ、高齢の方こそ、症状が出にくい場合があります。活動量が自然と減っているため、心臓に負担がかかる場面自体が少なくなっているからです。「息切れがない」のは、体が無意識に負担を避けているからかもしれません。
穏やかに暮らし続けるためにも、今の心臓の状態を一度確かめておくことには意味があります。「今は何もしなくてよい」という確認が得られれば、それ自体が安心につながります。
心臓は、正直です
症状がないから大丈夫、という安心は、弁膜症においては必ずしも成り立ちません。しかし同時に、心臓は正直に状態を示してくれる臓器でもあります。それを読み取るための手段が、心エコーです。
私が診療で心がけているのは、症状がない方にこそ丁寧に説明することです。「なぜ今、検査が必要なのか」「何を確認しているのか」。それが伝わってこそ、検査は意味を持ちます。
弁膜症は、正しく向き合えば、怖い病気ではありません。体が教えてくれるサインを、一緒に読んでいきましょう。それが私の役目だと思っています。
2026.05.19 文責 南行徳本院 渡辺弘之